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2009年 08月 05日

クライドルフの友人たち

 
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クライドルフが画家として活躍していくには、たくさんの友人たち、後援者たちの協力がありました。


 両親が経済的に困窮していたコンスタンツ時代、20歳の若き芸術家を援助してくれたのは
故郷テーゲヴィレンのリトグラフの教師、文化・芸術に深い関心を示していた女性、
Calolina Ammannでした。彼女はこの芸術家の卵の苦境に手を差し伸べ、
資金的な援助を申し出ました。
彼女のおかげで彼はミュンヘンに旅立ち、芸術に打ち込んでゆくことができました。


1889年、最愛の姉ヘルミネを亡くし、クライドルフは精神的・肉体的に追い詰められます。
精神のバランスを崩し、創作活動から離れ休養をとることを医師にすすめられます。
彼はミュンヘン芸術アカデミーから一時離れてアルプスのパルテンキルヒェンへ療養に向かいました。
この姉との死別はクライドルフの一生、そして作品を大きく変化させるひとつの要因であったようです。

 この療養先でも彼は良き恒久の友にめぐり合うことができました。
作家のLeopold Weber、彼はさまざまな創作上のアドバイスをクライドルフに与え、
ときには資金面での援助もした心強い友人でした。

 

アルベルト・ヴェルティとの出会い
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by EKreidolf | 2009-08-05 20:57 | エルンスト・クライドルフ
2009年 07月 19日

~ミュンヘンへ~

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毎日暑いですね。
近所のひまわりが満開です。ひきつづきクライドルフ強化月間。

 祖父の営む農場を逃げ出したのちのクライドルフは、
中学校を卒業したのち、ドイツのコンスタンツで石版師としての修行を積みます。
ここで培われた石版師としての技術がのちの絵本作成に多大な貢献をします。

ところが、クライドルフが目指していたのは石版師として一生を終えることでなく、
芸術家になることでした。
1883年7月に彼はひとりでミュンヘンに向かいます。
すぐに亜鉛印刷工房マイエルバッハで職をみつけ、警察の指名手配者の人相書きも手掛け、
学資をかせぎながら念願の美術学校に通い始めます。
その頃のことを彼はこんな風に記しています。

~ぼくは偉大な芸術の泉を内包する街に幸運にもやってきた。
舗道の石のひとつひとつがぼくには神聖なもののように感じられる。
ぼくの師を超えるような偉大な芸術家になれたらどんなにいいか。
運命の出会いがあるのは今、この瞬間かもしれないのだ。~
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(当時のクライドルフの水彩画)



刺激的な都会の生活で高揚した若い青年画家、クライドルフの様子がみてとれるようです。
その後ミュンヘン芸術アカデミーで学ぶことになりましたが、その頃の彼の学友には、
ヴィルヘルム・バルマー、クノ・アミ、ジョバンニ・ジャコメッティ(彫刻家アルベルト・ジャコメッティの父)
らがいます。

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by EKreidolf | 2009-07-19 22:40 | エルンスト・クライドルフ
2009年 07月 11日

Grossvater

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お久しぶりです。
毎日暑いですね・・・店頭に並ぶ果物の香りににそそられる毎日。
ちょっと前のことですが、映画<マルタのやさしい刺繍>というスイスの作品を観ました。
ベルン郊外の田舎町に起こったマルタという老女の引き起こすひと騒動なのですが、
田舎の保守的な町の体質と老人問題がからみあいながら、数々の嫌がらせにも負けず
夢の実現にいどむマルタと彼女をとり囲む友人たち・・・なかなかいい作品でした。
コルチカムの花の群生のショットも素敵。
さて、作品のなかででてくるスイスの田舎町・・・
本当に田舎でこれでは医療過疎も深刻な問題になるなあ、と。
途中ベルンの町並みもでてきますけれど、やっぱりすごく都会にうつる。
実はエルンスト・クライドルフは出生から5歳までを都会のベルンで家族とともに過ごします。
もともとは都会っ子であった彼。
そんな彼の転機は5歳のとき。
父の仕事の都合で一家でコンスタンツに引っ越したあたりからはじまりました。


画像は涼しげなスイスの山・・・バーゼルあたりかと(2000年にオット撮影)。

その後・・・
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by EKreidolf | 2009-07-11 23:14 | エルンスト・クライドルフ
2009年 05月 25日

小さな絵本美術館~エルンスト・クライドルフ展~

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長野県岡谷市にある<小さな絵本美術館>にて、
5月16日から7月13日まで、エルンスト・クライドルフ展が開催されています。


と、いうことでとっても楽しみにしていたのです♪
なんとかして観にいきたいなあ・・・
問題は・・・長野県までの交通機関!
愛知県なので近いのですが、車でひとりで遠出して帰ってくるとなると
中央道の下りが恐ろしい・・・(涙)

おそるおそるオットに、「あの・・・これだけは行きたいから日曜に電車で行ってくる」
と伝えたところ、「いいよ~、あそこやろ?みんなで行こうや。」
との返事が!ブラボー!ありがとう!!

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by EKreidolf | 2009-05-25 13:30 | エルンスト・クライドルフ
2009年 04月 30日

苧環~オダマキ~

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暖かかったり急に冷え込んだりで身体の調節がうまくいかないらしい。
次女はまた中耳炎になってしまいました。

ばたばたしながらも所用のためちょっとお散歩。
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お散歩の最中、ひっそりと咲く苧環の姿をみかけました。
控え目ですが凛とした風情で、しかしその形状は不可思議な形。
昔の日本では花の形から、中空の糸巻きを連想してこの名があるそう。
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クライドルフの本、<Blumen Ritornelle>。
この本の中には多くの苧環の姿をみることができます。
数多くの花々を描いたクライドルフですが、
この苧環はお気に入りの一つであったよう。
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本の表紙にも苧環が。
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by EKreidolf | 2009-04-30 14:43 | エルンスト・クライドルフ
2008年 11月 03日

どうしよう・・・

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うわさのあの子が・・・

(ちなみにこのポストカードはクライドルフの描いたもの)

なんと・・・
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by EKreidolf | 2008-11-03 13:24 | 蟲観察
2008年 10月 29日

小人の豆本

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 豆本の中身についてのお問い合わせがありましたので、少々・・・。


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もともとはこんな風に、
小人たちにもおうちでクライドルフの作品を楽しんでほしい、
と思ってつくったものです。
だからホントに子供じみた稚拙なものです。
大きさは5センチ×6センチ。

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ところが、あ、
小人が喧嘩をはじめちゃった・・・
「ぼくの!」
「ちがう!ぼくがもらったの!」

ねえねえ、ちょっとみせて・・・
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by EKreidolf | 2008-10-29 12:34 | エルンスト・クライドルフ
2008年 10月 02日

Die Schlafenden Baeume

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久々にクライドルフです。
エルンスト・クライドルフが1901年に発表した<Die Schlafenden Baeume>(眠る木)です。
残念ながら私が所有しているのは復刻版の表紙。
初版時のものと大きく異なっています。(初版時のものはこちらをご覧ください)
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ユーゲント・シュティール様式を用いた絵本の中でも、風変りで美しい裏表紙。

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by EKreidolf | 2008-10-02 09:25 | エルンスト・クライドルフ
2008年 06月 12日

小人閑居して不善を為すも、貴公子の出現で新たなる希望を抱く

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激しい雨ののち晴れ模様となりましたが
心のなかのもやもやはなかなか晴れません。
ナミアゲハの蛹はおそらく羽化することはなさそうです。

気落ちしていたわたしの目前に唐突にあらわれたのはこの貴公子。
イチョウの木にとまっていました。
まるでクライドルフの絵本から抜け出してやってきてくれたのかと錯覚。

<lenzgesind>
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by EKreidolf | 2008-06-12 14:35 | エルンスト・クライドルフ
2008年 04月 22日

アネモネ

わが家にこの春咲いたアネモネ。
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クライドルフの描いたアネモネ。
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by EKreidolf | 2008-04-22 22:56 | エルンスト・クライドルフ