2012年 07月 12日

ちいさな蝶~神谷美恵子さんへの手紙

ジュネーブ、1926年11月1日
 私のいとしいミエコよ
 この小さな蝶を私の思い出に持っていて下さい。
あなたの国の最も偉大な芸術家たちは感情や観念のシンボルを、自然の中から最もよく、ひき出すことのできた人たちです。
 この蝶をあなたにあげるのは、自然そのもののものをあげるわけですが、それはあなたにそうなって欲しいと思うもののシンボルであるからです。
シンボルという考えが浮かんだのは、あなたにふさわしいと私が考えたからなのです。
羽の表面はしなやかで、深い、光を放つ濃い色。
それらの色はいつの日にかあなたを立派な日本女性に育てることでしょう。
羽の裏面には、はなやかで快活な図柄が奔放にあそんでいる。
それはあなたの若々しい活気、陽気を現わしており、それによって友だち皆と仲よくできたのです。
あなたの人生を通じて、知恵の裏側がいつでも快活さでありうるように、
一生があなたにとって充分穏やかなものであるように、私は心から祈っています。
 フランスのおじいさんとしてキスさせて下さいね。
                              ポール・デュプイ


 このところ母の本棚から勝手に持ってきた本、『神谷美恵子の世界』を読んでいます。
この手紙は神谷美恵子さんが中学時代滞在したスイスにおいて教育を受けた学校の教師、
ポール・デュプイ氏から。
彼女がジュネーブを経つときにブラジルのめずらしい蝶の標本の小箱とともにいただいたそう。
何と心やさしくおだやかな愛情に満ちた言葉。


 美恵子さんは後にこう述懐しています。
「デュプイ先生ほど私たちが質的にも時間的にも多くを教えられた先生はない。
あまりにも幼かったために、その先生の「知恵」を充分吸収しえなかったことが悔やまれるが、
それでも漠然と何か「第一級」のものに接した思いがいつまでも残っている。
中学校の子どもがああいう「大物」に教えられるという好運は、めったにないことなのだろう」
と。
感性が柔軟なこどものうちに、学ぶ姿勢を持ち、自己の世界を広げてゆくことの
楽しさを知っている大人とのふれあいを持つことの喜び、恩恵を彼女は享受し、
その身にかみしめていたのだということがうかがえます。
 こういった師との出会いがそののちの神谷美恵子さん、
数カ国語に堪能で国家に重用されていたのに医学の道を志し、
ハンセン病の患者と真摯に向き合い、ヴァージニア・ウルフらの研究に没頭するという
彼女いうところの『人生の十字架』を背負うような激しい道を選ぶことの
ひとつの萌芽となったのでしょうか。





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どことなくスイスのポール・デュプイ氏が、クライドルフと重なったんですよね・・・
デュプイ氏の贈った蝶、どんな蝶だったのでしょう。

火曜にうちの子ツマグロヒョウモン、無事羽化しました。
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あっという間の羽化で、5分ほど目を離したすきに出てきてしまいました。
やや親不孝な子で仕事前の忙しい朝の羽化でしたので
手のりで遊ぶことができなかった・・・
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長男が青空に放蝶いたしました・・・
元気にしているかなあ・・・
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by EKreidolf | 2012-07-12 14:17 | 読書


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